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・180917 日月神示と出会いと人生の変化
・180917 慢心は徹底的に折られる
・180917 この道に入ると人生は地獄になる
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日月の道〜ひふみ神示〜

180917 慢心は徹底的に折られる

私がADHDだからかもしれませんが、私には「自信」というものが存在しません。

人生で失敗の連続で、成功経験というものが殆ど無いことからかもしれませんが、頻繁に鼻が高くなると折られるような事が不思議と起きました。

一番顕著なのが、商売で儲けて有頂天になっていた30台の頃に、比較的高くて格好いい車を購入しました。
納車当日、いい気になって自動車専用道路を走っていると、さっそくおまわりさんに捕まりました(笑
10km/h程のスピード違反でした・・・もう私犯罪者ですね。

これはまぁ悪い例ですが、他にも資格を取得して有頂天になっていたら仕事上で潰されるような出来事が生じたり、仕事が少しできるようになって慢心していたら仕事が立ちゆかなくなったりと、散々でした。

恐らくですが、この道にゆかりのある人には、こういった事が起きるんだと思います。
この道は「慢心」と「取り違い」が一番恐ろしい、と神示に書いてあります。

>●下つ巻 第十七帖(五九)
>天明は神示書かす役ぞ。神の心取り次ぐ役ざが、慢心すると誰かれの別なく、代へ身魂使ふぞ。因縁のある身魂はこの神示(ふで)見れば心勇んで来るぞ。

>●富士の巻 第二十二帖(一〇二)
>まつりまつりと、くどく申して知らしてあるが、まつり合はしさへすれば、何もかも、うれしうれしと栄える仕組で、悪も善もないのぞ、まつれば悪も善ぞ、まつらねば善もないのぞ、この道理分りたか、祭典と申して神ばかり拝んでゐるやうでは何も分らんぞ。そんな我れよしでは神の臣民とは申せんぞ、早うまつりて呉れと申すこと、よくきき分けて呉れよ。われがわれがと思ふてゐるのは調和(まつり)てゐぬ証拠ぞ、鼻高となればポキンと折れると申してある道理よく分らうがな、この御道は鼻高と取りちがひが一番邪魔になるのぞと申すのは、慢心と取りちがひは調和(まつり)の邪魔になるからぞ。ここまでわけて申さばよく分かるであろう、何事も真通理(まつり)が第一ぞ。八月の二十九日、 の一二 。

>●日の出の巻 第二十帖(二三三)
>今度は世に落ちておいでなされた神々様をあげねばならぬのであるぞ、臣民も其の通りざぞ、神の申す通りにすれば何事も思ふ通りにすらすらと進むと申してあろがな。此れからは神に逆らふものは一つも埓あかんぞ、やりてみよれ、九分九厘でぐれんざぞ。神の国は何うしても助けなならんから、神が一日一日と延ばしてゐること会得らんか。皆の者がかみを軽くしてゐるからお蔭なくなってゐるのざぞ、世の元の神でも御魂となってゐたのではまことの力出ないのざぞ。今度の経綸(しぐみ)は世の元の生き通しの神でないと間に合はんのざぞ。何処の教会も元はよいのであるが、取次役員がワヤにしてゐるのぞ、今の様(さま)は何事ぞ。此の方は力あり過ぎて失敗(しくじ)った神ざぞ、此の世かもう神でも我出すと失敗るのざぞ、何んな力あったとて我出すまいぞ、此の方がよい手本(みせしめ)ぞ。世界かもう此の方さへ我で失敗ったのぞ、執念(くど)い様なれど我出すなよ、慢心と取違ひが一等気ざはりざぞ。改心ちぐはぐざから物事後先になりたぞ、経綸少しは変るぞ。今の役員、神の道広めると申して我(われ)を弘めてゐるでないか、そんな事では役員とは言はさんぞ。

とまぁ、”慢心”というキーワードにかかる帖は山のようにあります。
なので、おそらくはこの道に縁のある人は「慢心をたたきつぶされるような出来事」が生じるのでしょう。
それでも鼻が高くなり折りきれなくなった人は、自分で神示を書いて世に偽物を出したり、講演会を開いたりして自分が「神の代行者だ」と言わんばかりに活動されてしまうのでしょう。

>●日の出の巻 第二十一帖(二三四)
>神かがりと申しても七つあるのであるぞ、その一つ一つがまた七つに分れてゐるのざぞ、 ガカり、かみかかり、か三かかりぞ、 (カミ)ガカリぞ、 (かみ)かかり、か三かかり、かみかかりざぞ、神かかってゐないと見える神カカリが誠の神カカリと申してあろが。そこらに御座る神憑りは五段目六段目の神憑りぞ。神カカリとは惟神(かむながら)の事ぞ、これが神国の真事(まこと)の臣民の姿ぞ。惟神の国、惟神ぞ、神と人と融け合った真事の姿ぞ、今の臣民のいふ惟神では無いぞ、此の道理 会得りたか、真事の神にまつりあった姿ぞ。悪の大将の神憑りは、神憑りと分らんぞ、気つけて呉れよ、これからは神カカリでないと何も分らん事になるのざぞ、早う神カカリになる様 掃除して呉れよ、神の息吹に合ふと神カカリになれるのぞ。一二三唱へよ、祓えのれよ、神称へよ、人称へよ、神は人誉め 人は神称へてまつり呉れよ、まつはり呉れよ、あななひ呉れよ。十二月二十七日、ひつ九のか三。

ここできちんと書いておきますが、「誠の神がかりは神がかりと分からない状態」です。
坊主や禰宜の真似事をしてみたり、神示もどきを書いてみたり、他人から「宗教くせ〜」と思われたらそれでアウトです。アウトー!
なので私たちは、あくまで現実世界では、一般人のふりをしなきゃいけない。

そして大峠が佳境に入り、もうどうにもならない、人間の力の及ぶところではないと、日本の皆が思うようになった時に、始めて「実は日月神示ではこう書いてあって・・・」と、一般人の前で語り始めるのが良かろうと思うのです。



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