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日月の道〜ひふみ神示〜

20150529 口永良部島噴火と御嶽山

以前、御嶽山に登った後1週間後に噴火した、国常立尊様がいよいよお動きなされた・・・という記事を書きましたね。
その後、浅間山・皆神山と登った後、皆神山を中心としてのM5の地震発生(割とこの地域での大きい地震は珍しい)
私は日本百名山登山が好きで、先日2015のGWには九州の祖母山・阿蘇山・久住山に登ってきました。
まぁ阿蘇山は火山活動がかなり活発になってきて、ロープウェイ乗り場までしか行けなかったのですが。

阿蘇山の麓で車中泊をし、朝起きたら車にうっすらと火山灰が積もっていましたね。
いよいよ日本の火山活動も活発化してきたなぁ、と思っている矢先に、口永良部島の山が噴火しました。

なんと噴火レベル5!緊急避難が必要と言うことで、冬眠130名がフェリーに乗り緊急避難・・・。

ここで少し前に調べていた、御嶽山と沖縄の関係について書いていこうと思います。

沖縄には久高島という島があります。
沖縄本土の少し南の島ですが、ここは非常に珍しい神事が行われていたとのことです。
その名も「イザイホウ」。

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http://www.kaiensha.jp/archive.html

沖縄県南城市の久高島は、昔から神の島として知られ、年間三十に及ぶ神事が島の暮らしに組み込まれており、今でも島人によって厳粛に受け継がれている。 この久高島最大の神事が、十二年に一回午年に行われる「イザイホウ」である。
 「イザイホウ」は、30歳から41歳の、島で生まれ、島に生きる女が神になる神事で、四日間の本祭を中心に、一ヵ月余の時をかけて行われるのである。島の女たちは、ノロを中心に神女組織を構成して島の男たちや島の暮らしを守ってきた。
 これは、1966年の「イザイホウ」の記録作品である。
 「イザイホウ」はその後1回行われ、1978年を最後に消滅した。多くの祭や神事が時代の波と共に形骸化し観光資源に変身したケースの多い中で、「イザイホウ」 は厳粛な神事の心を失わず、生きたまま消え去ったのである。
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イザイホーの歴史は非常に古いらしいのですが、残念なことに1978年に後継者不足で行われなくなった。
これは私の勘なのですが、古代日本人(イザナギ・イザナミの時代)が台湾を通って沖縄に渡ってきた頃から、この神事は行われていたのではないか・・・と推測する。

>琉球の創世神アマミキヨが天からこの島に降りてきて国づくりを始めたという、琉球神話聖地の島である。
>琉球王朝時代に沖縄本島最高の聖地とされた斎場御嶽(せいふぁうたき)は、この久高島に巡礼する国王が
>立ち寄った御嶽であり、久高島からの霊力(セジ)を最も集める場所と考えられていた。
>島内には御嶽(うたき)、拝み所(うがんしょ)、殿(とぅん)、井(かー)などの聖地が散在しており、
>中でも島中央部にあるクボー御嶽は久高島第一の聖域であり、男子禁制である。

日本人の祖先(古代ユダヤの失われた部族の事)が、シルクロードを通って海へ出て、台湾から沖縄に渡った。
沖縄の気候は良く、古代ユダヤの人々はここに拠点を作るにあたって、まず久高島に神を祭った。
ここに「御嶽」という聖域が設けられた。

沖縄に足場を作った私たち先祖の古代ユダヤ人は、沖縄から奄美大島、そして九州の地へと船で渡っていくことになる。
その証拠に、奄美大島より北の悪石島、諏訪ノ瀬島、平島、中之島の山には「御嶽」という名が付けられている。
先祖が日本本土を目差し、船で沖縄から奄美へと渡り、屋久島までの間の小さい島の山に聖所である「御嶽」の名を付けながら、本土へ移ったのではないか。
流浪の民であった古代ユダヤ人がようやく、一族を反映させることが出来る大地へと至った。

古事記の国うみの記述にあるように、日本各地を調査してまわり、国土がどのようになっているかを把握。
彼らの信仰していた神(ヤーウェ?)を、御嶽山へと祭るに至った。

それが、古代ユダヤの人々の祭っていた神であり、日月神示でいうところの国常立尊様の事ではないのか?と推測する。

そもそも、日本は世界の雛形と言われるが、では日本の雛形はどこなのか、という問題がここで出てくる。
結論から言えば、日本の雛形は沖縄〜奄美の島々だと私は考えている。
沖縄本土は明らかに本州の形をしている。
名護市は名古屋だろう。屋我地島は淡路島・・・とあまりにもできすぎている(笑)
奄美大島は北海道だ。
徳之島は四国の「徳島」つながりで四国だろうか。
沖永良部島は形的に九州だろうか?
などと色々夢が広がるのだ。

沖縄は日本の形。
だから第二次世界大戦末期、沖縄が火の海となった後、日本本土も火の海となったのでしょう。

んじゃぁこの沖縄の形はどこだっていうと、上で紹介した久高島なのだろうと思うのですね。
ここで非常に重要な神事であるイザイホーが行われてきたが、1978年まで続いたと言うことですから、戦時中にも関わらずこの神事は行われた。
けれども1978年頃には後継者が不足し、この大事な神事は行われなくなってしまった。
古代ユダヤから伝統的に続けられてきたであろうこの神事が行われなくなったことで、日本人は神を祭ることの本質を失ってしまったのかもしれない。
丁度、日本が高度成長期を経て安定期にいたり、人々の生活は豊かなものになったが、いつしか物やお金ばかりを追うようになってしまったのがこの時期。
その後はバブルが崩壊し、日本人としての資質も徐々に失われてきて、今日に至るという訳ですね。

ここで問題は、今回噴火した口永良部島だ。
位置的にこの日本本土と日本の雛形である沖縄〜奄美の丁度間に位置するこの島。
この山の噴火が、神霊的にどのような意味を持つのか・・・。
今後の動きに注目したい。



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