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日月の道〜ひふみ神示〜

第二十五帖 (二五)

一日に十万、人死にだしたら神の世がいよいよ近づいたのざから、よく世界のことを見て皆に知らして呉れよ。この神は世界中のみか天地のことを委(まか)されてゐる神の一柱ざから、小さいこと言ふのではないぞ、小さいことも何でもせなならんが、小さい事と臣民思うてゐると間違ひが起るから、臣民はそれぞれ小さい事もせなならんお役もあるが、よく気をつけて呉れよ。北から来るぞ。神は気もない時から知らして置くから、よくこの神示、心にしめて居れよ。一日一握りの米に泣く時あるぞ、着る物も泣くことあるぞ、いくら買溜めしても神のゆるさんもの一つも身には附かんぞ、着ても着ても、食うても食うても何もならん餓鬼の世ざ。早う神心にかへりて呉れよ。この岩戸開くのは難儀の分らん人には越せんぞ、踏みつけられ踏みつけられている臣民のちからはお手柄さして、とことはに名の残る様になるぞ。元の世に一度戻さなならんから、何もかも元の世に一度は戻すのざから、その積りで居れよ。欲張っていろいろ買溜めしてゐる人、気の毒が出来るぞ、神よく気をつけて置くぞ。この道に縁ある人には、神からそれぞれの神を守りにつけるから、天地の元の・(てん)の大神、くにの大神と共に、よく祀りて呉れよ。六月の三十日、ひつくのか三。


一日に十万、人死にだしたら神の世がいよいよ近づいたのざから、よく世界のことを見て皆に知らして呉れよ。

有名な一文。
私はこの内容に有るように、一日十万の人が死に始めたらこのサイトを作り始めようと思っていました。
ただ、私の長い全国神社巡りの果てに御嶽山に登ったら噴火してしまったので、こりゃいかんと思いこのサイトを立ち上げたといういきさつが有ります。
よくよく考えると、十万人の人が死に始めてからではSEO対策的に間に合わないんですよ。
検索エンジンに登録されて、人が来るようになるまでに数ヶ月はかかるので、ある程度早めに作っておかなきゃいけないと最近気づいた訳で。

小さいことも何でもせなならんが、小さい事と臣民思うてゐると間違ひが起るから、臣民はそれぞれ小さい事もせなならんお役もあるが、よく気をつけて呉れよ。

神様の御神業の場合、人間の目で見ると「なんだこの程度の事か」という事が、神様の視点から見ると恐ろしく重要な行為だったりすることが有るようです。
例えばどこかの山の石を、どこかの神社に持っていったりとか、磨かれた人がとある神社へ行ったりする、という行為自体が、霊的にみて非常に重要な行事となり得る、という事です。
これらの重要な行事というのは狙って出来るものでは無く、普段から神様に対して心を向けて、この国のため、この世界のためと考えている人が、気づかないうちに御神業の手伝いをしているという事があるようです。

北から来るぞ。神は気もない時から知らして置くから、よくこの神示、心にしめて居れよ。

「北から攻めてきたときが、この世の終わりと思えかし。この世の終わりは神国の、始めと思え神民よ。」
という記述がありましたね。
ロシア・中国・朝鮮連合軍が攻めてきたときが、いよいよということです。

一日一握りの米に泣く時あるぞ、着る物も泣くことあるぞ、いくら買溜めしても神のゆるさんもの一つも身には附かんぞ、着ても着ても、食うても食うても何もならん餓鬼の世ざ。早う神心にかへりて呉れよ。

贅沢な服を着たり、高い酒を飲んで豪遊したり、株で身の丈に余る金を手に入れたり・・・。
けれどもそんなものは、終わりの日にはまるで意味の無いもの。
日本の経済が崩壊し、お金が紙くず同然になったらどうしますか?
人間は食べ物が無くては生きてはいけないのです。
最後に必要なのは食べ物。
草の木や根を干して蓄えておけ、とあるように、食料をきちんと蓄えておくこと。

日月神示を読む人は、山へ登ってください。
そして自然とふれあい、神と語らい、周りの草花や木を眺めてください。
いざというときに、草木をどう利用するべきかよく考えておくこと。

あの草は食べられるぞ。
松は傷つければ油が取れる。
あのツルはロープ代わりに使えるな。

などなど、今から考えておかなければならないことがかなり多くある事に気づくはず。
終わりの日に私たちは山に登らなければならない。
都会を離れ、山に登って神の助けの時まで耐えなければならない時が来ます。
そんなとき、どうすべきかを、普段から山に登って考えておきましょう。

この岩戸開くのは難儀の分らん人には越せんぞ、踏みつけられ踏みつけられている臣民のちからはお手柄さして、とことはに名の残る様になるぞ。

日月神示の文は、苦難の連続であった人の心には、ずしり、と響く。
逆に平穏無事に生きてきた人間には、なにをアホな事かと取り合わないのだと神示には書いてある。
私は小学生時代からいじめの対象になっていた人間ですから、日月神示の記述は心に強く響いた。
逆に、神示にあることを信じるしか、もう道は無かった。

欲張っていろいろ買溜めしてゐる人、気の毒が出来るぞ、神よく気をつけて置くぞ。

ここの買いため、が非常食を大量に買い込むことなのかな、と思ったりしました。
これが当初心に引っかかって「あまり非常食とか買わない方がいいのかな」って思ったりしました。
けれどもそれは間違っていて、ここでいう買いためとは生きることに不要な宝石などの贅沢品を意味しているのだと私は判断しました。
なぜならば日月神示には繰り返し、「準備しろ」と書いてあるから。
終わりの日に飢え死にしないように、十分食料を購入することは大切な準備の一つ。
家の中の食べ物をきちんとしておく事を「カイのご用」というように、賞味期限別に仕分けして管理する体制を整えることも、私たちヒツカーの大切なご用の一つです。

この道に縁ある人には、神からそれぞれの神を守りにつけるから、天地の元の・(てん)の大神、くにの大神と共に、よく祀りて呉れよ。六月の三十日、ひつくのか三。

天の日月の大神様と地の日月の大神様に弥栄ましませ弥栄ましませ唱え(朝夕の礼拝)ると共に、守護霊様守護神様ご先祖霊様にも厚くお礼申し上げましょう。





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