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日月の道〜ひふみ神示〜

第五帖 (五)

富士とは神の山のことぞ。神の山はみな富士(二二)といふのぞ。見晴らし台とは身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことぞ。大庭の富士を探して見よ、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。富士を開くとは心に神を満たすことぞ。ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかはその使ひぞ。ひむかは神の使ひざから、九の道を早う開ひて呉れよ、早う伝へて呉れよ、ひむかのお役は人の病をなほして神の方へ向けさすお役ぞ、この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ。六月十四日、ひつくのか三。

そういえば、沖縄の重要な神様を祭る場所を「御嶽(うたき)」と言いますね。

沖縄で御嶽を検索。
他には久高島のクボー御嶽や、七御嶽といったように、沖縄には「御嶽」という地名が大変多い。

奇しくも、2014年9月27日に噴火した御嶽山に通じる。
私は古代ユダヤ人がシルクロードを伝って沖縄へはいり、沖縄から本州へはいってきたと信じている人だったりします。
なので、沖縄で様々な古代ユダヤの祭典を開き、本州では御嶽山に神様(ヤハウェ?)を祭ったのではないかなぁなどと推測しています。
そうすると、ヤハウェと国常立尊は同一神となってしまうんですよね。
まぁこれは個人的な考えでちょっと日月神示からは離れるかも知れないですけど、過去に大洪水が起きてモーゼがヤハウェ神に導かれて・・・という一連の流れが、大和民族である私たちにつながってくると思うと胸が熱くなるじゃないですか!

んで、旧約聖書には「東の果ての島の山々に神を祭れ」という文が繰り返されているようで、もしかすると日本の山々は古代ユダヤ人が日本へ流れてきて、神様を祭った場所なのかも知れません。

”ハガイ書 1:8 山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現わそう。主は仰せられる。”




見晴らし台とは身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことぞ。

私の一族は爺さんの代から山好きの一族で、じぃさんは山で死にかけたときに不動明王の声を聞き、以降お不動さんを祭っていたとか。
私も山登りが好きで、昔から両親に連れられて山登りにいったものです。
山登りの最中は実に辛く大変ですが、眼下に広がる山々を見渡すとなんとも言われぬ爽快感が得られるんですよねぇ。
大抵、山頂には神社があり、山の神様を祭っているものですが、私は神社の横に腰掛けて神様に色々と語りかけます。
「日本はいい国ですねぇ」「この国を影からお守りくださり有り難うございます」
等々。
こうやって山の上で神様に語りかけることで、心が一杯になりうれしくなります。
これが「身のなかを神にて張ること」だと私は思っています。

大庭の富士を探して見よ、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。

この一文は分かりません。
ただ、大本教にて土米をつかって色々と占いをしたという話を聞いたことがあります。
この辺は要勉強。

富士を開くとは心に神を満たすことぞ。ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかはその使ひぞ。ひむかは神の使ひざから、九の道を早う開ひて呉れよ、早う伝へて呉れよ

上で述べた私の感性でいうと、「山に登り、山頂で神様に語りかけ、色々とお話をすること」が「ひむか」という事になりますね。
なので私は、この考えを皆さんに伝えておきます。

ひむかのお役は人の病をなほして神の方へ向けさすお役ぞ、この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ。

人の病は気の病から。
神にて心を晴らせば、身の病も治っていく。
私の場合、日月神示に出会う前はなにかと病気がちでいわゆる虚弱体質でした。
肉が大好きで、難の考えもなしに毎日三食腹一杯、肉料理を食べていたものです。
ですが日月神示に出会い、肉食がいかにむごたらしい過程を経て私たちの口に入ってくるかを知ってから、肉食を完全に絶ちました。
それから徐々に体力が強くなっていき、20代の頃よりも35才になった今の方が体力的に強いんじゃないか?と思える程です。

皆さんも日月神示を読んで、心の病を晴らしていきましょう。
んで、山登りして神様とお話しして、ついでに足腰鍛えて健康になっちゃいましょ♪
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